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松尾大生の独り言

松尾大生の独り言

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2011.05.01
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ここ10数年、車を運転する時には、自分で朗読した宮本輝さんの作品の録音を常に聴いてきたし、枕元にあるレコーダーからは、エンドレスにして、宮本作品の朗読を眠っている時間まで、何年も聴いていた時期がある……。

宮本輝という作家を御存知の方は多いと思うが、詳しいことまで知っている方々は少ないだろう。

今、まあ、遊び疲れしていて、本来、宮本輝さんについて語る場合、体調の良い時を選びたかったが、機会を得て、書いて見る気になった。

宮本輝という方は、少年時代から、壮絶な人生を送っている。事業に失敗ばかりする親父さんは、妻に随分と暴力を振るったし、女は常にいた。しかし親父さんは一粒種の宮本輝さんを溺愛。借金とりから逃れて、各地を渡り歩いた親子の物語は、「流転の海」というシリーズにまとめられている。

宮本輝さんが高校生の時には、お母さんがアルコール中毒となる。お父さんは極貧の中で、通常の病院に入るカネがなかったので、細工して精神病院の大部屋みたいな場所で、宮本輝が大学生の時に亡くなった。大好きという言葉では表現できないほどに、愛した実の父親だった。

それでも、宮本輝青年は、追手門学院大学という大学でテニスにいそしみながら、バイト生活。大学時代のテニスの世界を描いた作品が、「青が散る」である。

宮本輝青年は、大学を卒業すると、関西の中堅の広告代理店にコピーライターとして就職する。会社の宴会で女装して舞台に登場して、一通り自己紹介した後、全社員の前でストリップを披露するイケていた時代もあったが、同時に競馬にハマり、サラ金通いの毎日。この時の競馬依存症体験が後に生きたのが、みなさん御存知の「優駿」である。

ところが、広告代理店入社後、数年で、宮本輝さんは、重い不安神経症を患ってしまい、サラリーマン生活が事実上、不可能になった。

既に結婚しており、老いた母と嫁さんとの安いアパートでのくらしは赤貧であった。宮本輝さんは、

「三年みてくれ、三年で芥川賞をとるから」

と、作家宣言をする。美しい嫁さんを大切にする老いたお母さんは、

「私が三人分はたらくから」

と、嫁さんのパートを禁じて、三年間、いくつもの、賄いのような下働きを掛け持ちして、息子を援護した。

それでも、お金は足りなかったのだろう。不安神経症という爆弾を抱えながら、今でいう美容業のタウン誌みたいな冊子を作るアルバイトもしていた。そのアルバイトが後に生きた作品が、「錦繍」である。キンシュウ、と読む。

宮本輝さんは、三年後、子供時代の貧しい体験を生かした作品で太宰治賞を受賞。「泥の川」である。

そうして間もなく中学生の時の、やっぱり貧しく悲惨な体験を生かした美しい作品「蛍川」でついに芥川賞を受賞。

芥川賞の受賞パーティーで、選考委員の吉行淳之介さんから、

「これで、なんとか食べていけるね」

……と、お墨付きをもらうも、なんと「蛍川」と「泥の川」の版元の会社が倒産してしまい、一銭も入って来なくなる。

重ねて今度は、不安神経症の地獄の中で、結核を患ってしまい、暫く、療養生活。どうやって収入を得ていたか、謎。

ようやく結核が治ってから、本格的な作家生活に入り怒涛のように傑作を発表。四十歳代以降、筆力は落ちたが、今も元気に活躍している。

思想的背景は、歌手の尾崎豊と重なる部分がある。俺は、二人とも好きだが、片や悲惨な死を迎え、また、かたや年齢を重ねるごとに元気になっていく宮本輝さんは、じき、七十になるだろう。

一昔前には、小説通の読書家に、

「日本人で最高の作家は?」

と、質問すると、判で押したように、山本周五郎さんという回答だったが、今は、宮本輝さんと答える小説通が多い。

編集者の間では宮本輝さんは「当代随一」と言われているが、自分の読書家としての立場では、宮本輝さんは、明治維新以降、随一、と、信じて疑わないのだ。

昔から、さりげなく、その相手に合った宮本輝作品を勧めて、感想を聞いて対話するのが楽しみだった。分かってはいたが、宮本輝作品は、精神病すら、治してしまう効果がある。かくいう自分も、宮本輝作品に触れなかったら、アル中と鬱で、本当に死ぬところだった。

●宮本輝作品の蘇生効果は抜群である。

文学と言えば人をダメにするイメージをお持ちかもしれないが、宮本輝さんは真逆なのである。

今は意識して、Skypeなどで「宮本輝心理セラピー」を行っている。まず、話を聞いて、その方に一番あった作品を、勧める。読み終わったら、感想を聞きながら、対等に対話をする。自分も一部の作品以外は、忘れている場面があるから、思い出すことは楽しいし、新しい解釈を聞くのも楽しい。

リアルでは昔からやってきたことで、当然のことだと思っていた。現に自分は精神病で死ぬところを、宮本輝作品により、救われた。

問題は、当初、何を読むかである。例えば先日は家庭的な父性との対立からくる鬱で苦しんでいる男性には宮本輝さんの「避暑地の猫」を勧めた。

効果の絶大さに、呆れてしまう始末で、宮本輝さんを媒体とする対話は、これはSkypeでも何でも使って、続行しようと思っている。

まったく、日本が生んだ奇跡みたいな作家。どんな世界でも通の間でだけ知られた門外不出のデータがあるものだが、小説の場合で言えば、宮本輝さんの初期から中期にかけての作品である。これは音楽セラピーなんかとは、一緒にされたくない……。

世界の芸術を見渡すと、精神病まで治してしまう作家は皆無である。トルストイの「復活」は、いい線いっているが、精神病は治らないだろう。ピカソは? 無理だろう。モーツァルトでも治りはしまい。

それが宮本輝さんの場合は、「治る」どころか、精神病質を活かしながら、読み手のキャラに応じた良い働きに転換してしまうのだ。

奇跡としか思えない……。

そう、……治すというより、転換させて、かえって、病む前より強化する働きがある。不思議なことだ。

自分は全般的に学問芸術には詳しい方だと思うし、文芸は割と得意で、宮本輝オタクである。

宮本輝作品の場合、後期を除けば、あらゆる描写に意味があり、真意は秘沈されている。つまり、宮本輝さんの目的は読者をハイヤーパワーに導くことだと思うが、宮本輝さんの場合のハイヤーパワーとは、人間そのものなのである。

宮本作品を読んだ相手は、なかなか、そこに気づかないから、昔から自分は、ヒントや場合によっては、露骨に回答から教えた場合もある。

宮本輝心理セラピー、これ、知らず知らずのうちに、既に確立してしまったが、一つ困るのは、鬱が酷くて活字を読めない方には効かない。

だから、これをムーブメントにして、誰か声のいい方々に、分散してMDに録音していただきたいと思う。

自分の知る限り、宮本輝の世界にドップリと漬かった方々の中に、精神病で悩んでいる方は、観たことがないのは実体験。


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Last updated  2011.10.11 02:38:56



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